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東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)61号 判決 1985年10月30日

大阪府守口市金田町三丁目二番地

原告

ロンタイ株式会社

右代表者代表取締役

中川太郎

右訴訟代理人弁護士

酒井信雄

同弁理士

古川泰通

仙台市新寺二丁目三番一-二〇一号

被告

株式会社草植

右代表者代表取締役

長屋誠子

右訴訟代理人弁理士

大津洋夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告は、「特許庁が同庁昭和五五年審判第五九一六号事件について昭和五八年一月一〇日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。

二  被告は、主文同旨の判決を求めた。

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「植生板製造装置」とする特許第七五五七七四号発明(以下、「本件発明」という。出願日昭和四五年四月一六日、公告日昭和四九年五月二〇日、登録日昭和五〇年一月三一日)の特許権者である。

被告は、昭和五五年四月一二日、原告を被請求人として、本件発明の右特許を無効とする旨の審判を請求した。特許庁は、これを同年審判第五九一六号事件として審理した上、昭和五八年一月一〇日、「特許第七五五七七四号発明の特許を無効とする」との審決をし、その謄本は、同年四月四日、原告に送達された。

二  本件発明の特許請求の範囲

前後に装架したベルトコンベアの後方より順次、前方へシートをくり出す下側シートのシートロール、種子などを収容し且つ下方を通過するシート上に種子などをほゞ均一に散布する分散板を備えたホツパー、前記シートの上面に種子などを挾持して接合するシートをくり出す上側シートのシートロール、表面に交さする格子線上熱圧着部を有し、前記ベルトコンベアの前方のローラ表面との間に接合したシートを熱圧着して貼合する熱接着ローラとより構成し、少くとも上側もしくは下側のシートの一方を熱接着性シートを使用するようにしたことを特徴とする植生板製造装置。

三  審決の理由の要点

1  本件発明の要旨は、前項の特許請求の範囲に記載されたとおりである。

2  これに対し、特公昭三六-一〇六五七号公報(以下、「第一引用例」という。)には、捲回ロールから下側シートとなる水溶性フイルムを前方へくり出し、種子、肥料などを収容したホツパーから廻転胴を介してその下方を通過する上記下側シート上に種子などをその落下量や落下速度を加減しながら落下させ、次に捲回ロールから上側シートをくり出して下側シートとの間で種子などをサンドイツチにし、その後熱ロールで上下フイルムを溶着接合する植生体の製造装置が記載され、実公昭三八-二一二二〇号公報(以下、「第二引用例」という。)には、水溶性の薄膜の筒状体内に種子、肥料などを交互に挿入し、この種子収納部、肥料収納部との間の筒状体をヒートシールした植生袋体が記載され、また、実公昭三五-二六四九四号公報(以下、「第三引用例」という。)には、表面に凹凸部を形成した熱ロールによつて被包装物を収容した部分の周囲の熱接着性ブラスチツクフイルムを押圧溶着してフイルム内に被包装物を一個ずつ収納するようにした熱封緘自動包装装置が記載されている。

3  本件発明と第一引用例のものを比較すると、第一引用例の捲回ロールは本件発明のシートロールに相当し、また、第一引用例の上下のフイルムは熱ロールで溶着接合されるものであり、少くともその一方は熱接着性シートであると認められるので、両者は、下記の点を除いて格別の差異を認めることができない。

(一) フイルムの移送に本件発明がベルトコンベアを用いたのに対し、第一引用例のものはその駆動装置が明示されていない(相違点(1))。

(二) 本件発明のホツパーが分散板を備えているのに対し、第一引用例のホツパーには分散板が設けられていない(相違点(2))。

(三) 熱接着ローラーの構成で、本件発明が表面に交さする格子線状熱圧着部を形成するのに対し、第一引用例のものは熱圧着部が格子線状となつていない(相違点(3))。

4  右相違点について検討する。

(一) 相違点(1)については、包装用シートの移送をベルトコンベアで行うことは従来周知であり、特に種子などの包装装置にこれを用いても従来の移送手段にない格別の効果を奏するものとも認められないので、当業者であれば格別の発明力を要しないで想到し得たものと認められる。

(二) 相違点(2)については、一般にホツパーから穀粒等の粒体を吐出する際、均一に流下させるため吐出口に分散板を設けることは従来周知であるばかりか、第一引引用のホツパーも「分散板」こそ設けていないが、ホツパー下部の廻転胴を介して種子などをその落下量を加減しながら一様に落下させることができるものであり、作用効果において本件発明と格別の差異が認められないので、この点は単に設計的事項にすぎなく、当業者が容易になし得たものと認められる。

(三) 相違点(3)について検討すると、一般に包装装置において、二枚の熱溶着フイルムを表面に格子状に(縦横に)突部を設けた加熱ロールによつて圧接し縦横に被包装体収容の小区画を設けることは第三引用例にみられるように従来周知慣用の技術手段であり、また、種子や肥料などを容れた植生袋体においてもこれを各別に収納するよう熱溶着によつて小室に区切ることが第二引用例に記載されているように本願出願前公知である(この場合も表面に突部を設けた加熱ロールによつて行うものと解される)ので、相違点(3)の構成も当業者であれば格別の発明力を要しないでなし得たものと認められる。

5  したがつて、本件発明は、全体として、本願出願前に頒布された刊行物である第一ないし第三引用例記載のもの及び従来周知の技術手段に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものに相当し、その特許は特許法二九条二項に違反してなされたものと認められるから、同法一二三条一項によりこれを無効にすべきものとする。

四  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点1、2は認める。3の相違点(1)ないし(3)の認定は認めるが、これを除いて格別の差異はないとした認定は争う。4のうち相違点(2)についての判断は認めるが、その余は争う。5は争う。

審決は、本件発明と第一引用例との相違点を看過し(取消事由(1))、相違点(1)及び(3)についての判断を誤り(取消事由(2)、(3))、誤つた結論に至つたものであり違法として取り消されなぐてはならない。

1  相違点の看過(取消事由(1))

本件発明は広巾のシートの上に種子をほぼ均一に散布してなる植生板の製造装置であるのに反し、第一引用例はフイルムを樋状とし、これに種子を上方より落下させてなる特殊フイルム製造装置である(甲第三号証左欄下から一五行以下)。すなわち、本件発明は面状に均一に散布する装置であるのに対し、第一引用例は一枚のフイルムに散布物を落下させて管状に封入する装置である。

そもそも植生板において最も苦心されているところは種子をどのように合板体に固定させるかであり、それには、<1>糊づけによつて行う(実公昭三九-二七二七七号公報)、<2>袋状にしてその中に収納する(第二引用例)、<3>管状にしてその中に収納する(第一引用例)、<4>二枚の不織布に種子を散布挾持させる(本件発明)のように種々のものがあり、それぞれの構成には長所と短所がある。<2>の場合、種子に無駄がなくすべて有効に使えるという長所があるが、反面、種子をまとめて封入するため若干製造の速度が落ちることとなる。<3>の場合は、装置にラツパ管があつてフイルムがその管を通過することによつて管状の植生板が製造されていくのであり、管状にすることだけで種子の散逸を防ぐことになつて、区画や封緘は必要がない。その反面、植付けに手数と時間がかかるという短所がある。<4>の場合は、平面にして幅を持たせ植付を容易にするための構成であるが、この場合は平面の一部を区切つて種子を封じこめて種子の移動を防止する必要があり、本件発明は、そのため分散板によつて平面に均一に種子を散布し、その要所を押えて種子の移動を防止したものである。この場合、速度は早いけれども種子に無駄ができるという短所がある。このように、各構成は、それぞれ発想を異にする特異性があるものであつて、同一又は類似のものではなく、同時にその製造装置も別異の発想に基づくものである。

審決は、植生板における合板体への種子固定方法の差異に基づく装置の差異を理解せず、右の相違点を看過している。

2  相違点(1)についての判断の誤り(取消事由(2))

審決は、ベルトコンベアの搬送用具としての効果のみにとらわれて判断しているが、ベルトコンベアにはシートを熱接着する際金属ロールの圧接を一層効果的にし、挾持した種子をこわしたり損傷したりしない効果を有する。この効果に関しては、本件明細書の発明の詳細な説明において、まず「両ローラ1、2間にはゴムなど弾性を有し且つ両ローラ1、2とほぼ同じ幅を有するエンドレスベルト3を装架している」(甲第二号証二欄二七ないし三〇行)とその部材を説明し、次に、その効果を「ドライビングローラーとテールローラーとの間に弾性体のベルトを装架してドライビングローラーと熱接着ローラーとを弾性体ベルトを介して圧接するようにすれば両ローラーの圧接が一層効果的になり」と説明しており(同六欄八ないし一二行)、ベルトコンベアの搬送用具としての効果以外の効果を明らかにしている。また、ベルトコンベアは、熱接着ローラより伝導された熱を放冷して弾性体ベルトを長期の使用に耐えしめ、熱接着の際種子への加熱を防止して種子を保護する効果を有する。この効果に関しては「しかもベルトはテールローラを迂回する間に熱接着ローラより伝導された熱を放冷して弾性体ベルトを長期の使用に堪えしめることができるのである」(同六欄一二ないし一五行)と説明されている。なお、ベルトコンベアにおいてはゴムベルトコンベアが最も一般的であり(甲第六、第七号証)、本件発明におけるベルトコンベアもこれを指している。

以上のとおり、本件発明においてベルトコンベアは搬送効果以外に右二点の作用効果を有するのであるから、審決が「従来の移送手段にない格別の効果を奏するものとも認められない」と判断したのは誤りである。

3  相違点(3)についての判断の誤り(取消事由(3))

審決は、本件発明の熱接着ローラの構成を包装又は封緘装置としてとらえているが、1に述べたように、本件発明は合板体に種子を固定するための装置であり、種子等をほぼ均一に散布して圧接し種子を熱影響から保護する構成をとつている。これに対し、第三引用例は包装のための熱封緘包装装置であつて、本件発明とは構成、効果とも異にし、発明の種類を異にするものである。審決が本件発明の最重要点である種子の固定についての構成を判断の対象とせず、これを包装又は封緘装置としてとらえたのは誤りである。

第三  請求の原因に対する認否、反論

一  請求の原因一ないし三の事実は認める。同四の主張は争う。

二  審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由(1)について

原告は、第一引用例の装置が管状に封入するものを製造する装置であるとの誤つた前提に立つて論じている。すなわち、第一引用例には「以上管状に封入する場合であるが、図中想像線のロール14に同様フイルムを巻回して置き、附着物を落下せしめた後、これをサンドエツチにしてヒエートセツトしても良く又管状にせず附着物を落下せしめたままで熱ロール9に接触せしめ裸で直接溶着せしめても良い。」(甲第三号証一頁右欄四ないし九行)との記載があり、この記載から明らかなとおり、第一引用例は、その装置が必ずしも管状にしてその中に封入する場合だけでなく、サンドイツチ状、附着物の直接溶着状のものなど様々な使い方が出来ることを示している。また、その特許請求の範囲に記載の製造装置はラツパ管を必須構成要素とはしておらず、所望の状態に封入又は附着せしめることが出来るようになつている。原告の主張は、右記載を看過し誤つた前提に立つものであつて、失当である。

2  取消事由(2)について

本件発明はベルトコンベアに弾性体を使用することを必須の要件としていない。したがつて、弾性体の使用によつて生ずる効果は本件発明の固有の効果とはいえない。

放冷効果についても、ベルトの材質や回転速度、ドライビングローラーとテールローラーの間隔、ローラーの半径等の要素によつて大きく変つてくるものであり、ベルトコンベアにしたことだけをもつて、必ず放冷効果があがるようにいうのは誤りである。

原告の主張は、必須構成要件にない特殊材質がもたらす効果や、必須の構成と因果関係のない効果を主張するものであり、失当である。

3  取消事由(3)について

本件発明の装置は、二枚のシート間に種子や肥料や土壌改良剤をまさに包装又は封緘させる装置であり、種子や肥料や土壌改良剤をいれたことにより植生板ができるので植生板製造装置となるのである。これを包装又は封緘装置でないとする原告の主張は誤りである。

第四  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一  請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決取消事由について検討する。

1  取消事由(1)について

成立に争いのない甲第三号証によれば、第一引用例の発明の詳細な説明の項には、被告が取消事由(1)についての反論において引用する記載があることが認められ、また、その特許請求の範囲第二項には、「本文に詳記する様に熱セツトし得る水溶性高分子化合物を原料として散布せんとするものに適した溶解条件を選定したフイルムを移送装置により連続的に移送しその途中に設けた落下装置より散布せんとするものを適宜落下せしめそのまま加熱体に接着せしめて散布物をこのフイルムに封入又は附着せしめる事を特徴とする種子、肥料、農薬等の農業用散布物を附着せしめた特殊フイルムの製造装置。」と記載され、その図面には上下二枚のフイルムを用いる場合が示されていることが認められる。この記載によれば、第一引用例には、フイルムを管状にしてその中に種子等を封入することのみならず、管状にせず平坦状のまま種子等を落下させ二枚のフイルムによつて封入保持することのできる植生板製造装置が開示されていることが明らかである。したがつて、第一引用例の装置と本件発明の装置に原告主張の相違点はなく、これをもつて原告主張のように別異の発想に基づく異なる装置ということはできない。審決に相違点の看過があるとの原告主張は採用できない。

2  取消事由(2)について

前記当事者間に争いのない本件発明の特許請求の範囲の記載によれば、本件発明のベルトコンベアに使用するベルトについて、これを弾性体のベルトとする旨の限定はされていないことが明らかである。そして、成立に争いのない甲第六、第七号証によれば、本件発明の出願前ベルトコンベアのベルトとしては、ゴムベルトのような弾性体のベルトのみならず織物、金網、鋼帯等種々のものがあつたことが認められる。この事実によれば、本件発明におけるベルトコンベアは弾性体のベルトを使用するものに限定されていないといわなければならない。原告が引用する本件明細書の発明の詳細な説明の項の記載がいずれも本件発明の実施例についての説明であることは、成立に争いのない甲第二号証に照らし明らかであり、これをもつて原告主張の根拠とすることはできない。したがつて、弾性体のベルトから生ずる効果をもつて本件発明の効果であるかのようにいう原告主張は前提において誤つており、採用できない。

仮に弾性体のベルトを使用することをもつて本件発明の要旨とするとの原告主張を前提にしても、シートを熱接着する際金属ロールの圧接を効果的にし、挾持した種子をこわしたり損傷したりしない効果は、ベルトの弾性により当然に生ずることが予測される効果でありこれを格別の効果ということはできない。また、原告主張の放冷効果は、ベルトコンベアを本願明細書(前掲甲第二号証)の実施例図のように設計した場合に当然に生ずることが予想される程度の効果であると認められ、これをもつて格別の効果ということはできない。原告の主張は失当である。

3  取消事由(3)について

第二、第三引用例に審決がその理由の要点2において認定した記載があることは原告の認めるところである。これらの記載によれば、一般に熱封緘包装装置において、二枚の熱接着フイルムを表面に格子状に突部を設けた加熱ロールによつて圧接し、縦横に被包装体収容の小区画を設けることは本件発明の出願前慣用の技術であつたことが認められる。

原告は、第三引用例は本件発明と構成、効果を異にし発明の種類を異にすると主張する。しかし、本件発明が二枚のシートを加熱ロールによつて圧接し、この間に種子等を挾持させて一体に形成するための装置であり、種子等が接着されたシート中に封緘包装されることは明らかであり、一方、第三引用例の装置が特定の被包装物のための装置ではなく、被包装物を特定しない一般的な熱封緘自動包装装置であることは成立に争いのない甲第五号証に照らし明白であるから、両者は、ともに熱封緘自動包装装置であり技術分野を異にするものではないと認められる。原告の右主張は独自の主張であつて採用できない。

次に、第二引用例の右記載によれば、本件発明と同じ植生板の技術分野において、審決認定のとおり、種子や肥料等を容れた植生袋体においてこれらを各別に収納するよう熱接着により小室に区切ることが本件発明の出願前公知の技術であつたことが認められる。

右の事実によれば、相違点(3)に示された本件発明の熱接着ローラの構成を採用することは、第二、第三引用例から当業者であれば容易になし得たと認められる。この点についての審決の判断は正当である。

3  以上のとおり、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、審決にこれを取り消すべき違法の点は見当らない。

三  よつて、原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 瀧川叡一 裁判官 牧野利秋 裁判官 清野寛甫)

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